超現代語訳
川上村の吉野林業を学ぶ

2020.05.18

■「川上村史 通史編」に学ぶ⑪ 
吉野林業の拡大 

吉野は、近世後期から林業の先進地として全国に紹介されはじめます。天保15年(1844年)には大蔵永常「広益国産考」、嘉永2年(1849年)には興野隆雄「太山の左知(散遅)」が続き、杉檜の人工造林法を中心に、間伐・主伐にも言及しています。

明治に入ると、「吉野林業」に対する世間の関心は飛躍的に高まり、吉野への見学者も相次ぎ、吉野の林業家が各地へ赴いて講演し指導する機会も増えました。

 

明治22年(1889年)には盛口平治が静岡県に招かれて各地で講演し、その内容が翌年「吉野林業法」として刊行されています。同年、土倉庄三郎による「第三回内国勧業博覧会大和国吉野材木桴出品解説書」が現れ、吉野材の製品解説や、収支計算も示されています。

そして、その後の明治31年(1898年)に、吉野林業紹介の決定版として、森庄一郎『吉野林業全書』が登場します。
林業技術のあらゆる側面が、図版を交えて詳しく紹介され、山林保護制度に関しても言及されています。

参照:「川上村史 通史編」林業経済編第二章

 

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林業がしっかりビジネスとして確立し、収支計算まで詳らかに紹介するほど力強い時代です。そして、良いものは良いとして、拡散されていきます。

昔も今も、手法は違えど同じことで、広がらないのだとしたら、人々の琴線に触れていないということ、何か努力が足らないということです。

 


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