超現代語訳
川上村の吉野林業を学ぶ

2020.05.18

■「川上村史 通史編」に学ぶ⑩ 
吉野林業の育林技術

「密植」「多間伐」「長伐期」を特徴とする「吉野林業」の育林技術は、江戸時代にはほぼ確立しており、明治期に入ってからも目立った変化はありません。

明治時代の伐期は100年~120年で、酒樽、酒榑(さかくれ)として杉の心材部(赤身)が尊重されたので、心材部を大きくする必要から普及したものと言われます。明治中期の例でみると、間伐は15年生から始まって、100年生までに13回行い、間伐される材木の本数は96%に及びます。

間伐木の用途は「垂木」「洗丸太」「縁桁」「足場丸太」「磨柱」等で、間伐収入によって育林への投下資金を早期に回収することが可能だったのです。逆に言うと、造林資金をできるだけ早く回収するために、「密植」「多間伐」の育林体系が定着したとも言えます。

参照:「川上村史 通史編」林業経済編第二章

 

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さて現在・・・、明治期の間伐材用途のような需要の激減もありますが、施業人口の激減から、ヘリコプター集材が中心となり搬出費用も増大し、若齢級間伐材を出材しようにも市場相場が受け入れてくれない等々、バブル崩壊以降は、人工造林サイクルが機能不全となっているわけです。

家をどんどん建ててもらって、どんどん使ってもらって・・・・
誰しもが理解するように、既にこんな単純な話ではなく、使ってもらうことは確かですが、明治期のように、市場の用途ニーズと価格相場がマッチしなければ、山に「お金」は戻りません。


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